波佐見焼き

 

こんにちわ。

 
バイヤーの瀬野です。
 
今回は大好きな日本の焼き物について紹介させて頂こうと思います。
中でも今回は先日全店舗に入荷したばかりの波佐見焼を紹介させて頂こうと思います。
 
 
波佐見焼について・・・
波佐見焼は、長崎県の波佐見町で生産されている陶磁器です。
日本の陶器発祥の地である有田と同じ頃に産声をあげた波佐見の窯は、
江戸時代から約400年もの間、染付文様を描いた白磁や青磁などの日常食器をつくり続けてきました。
 
そのなかでも波佐見の歴史を語る上で欠かせない存在となっている
コンプラ瓶とくらわんか碗、旧オルト邸マグについて。
 
コンプラ瓶(写真左下)
「コンプラ」はポルトガル語のコンプラドール(仲買人)に由来し、江戸時代の長崎商人は「金富良社(こんぷらしゃ)」という組合をつくって、醤油やお酒などを輸出していました。その容器として波佐見に注文して作らせた瓶が「コンプラ瓶」と呼ばれます。コンプラ瓶の表面には『JAPANSCHZAKI』と描かれており、これはポルトガル語で『日本のお酒』つまり日本酒という意味です。ロシアの文豪トルストイが、このコンプラ瓶を一輪差しにしていた逸話や、ルイ14世が日本から輸入したコンプラ瓶入りの醤油やお酒を楽しんだという逸話も残されています
 
くらわんか碗
くらわんか碗という名は、江戸時代、摂津の淀川沿いの往来船に、「餅くらわんか、酒くらわんか」と言って売っていた茶船商人の言葉に由来します。手頃な金額で売られたくらわんか碗は、『磁器碗は高級なもの』という当時の常識を覆し、多くの庶民より支持を得ました。その人気は日本の食文化の発展に大きな影響を与えました。元々は、庶民の器として世に出たくらわんか碗ですが、素朴な中にも巧みな雅さがあると、一部で熱狂的に愛され、後には、他の産地もこれを模造するほど、多くの人に認められるようになりました。
 
旧オルト邸マグ(通称:龍馬マグ)(写真右上)
幕末期、早くから龍馬や海援隊の隊員は珈琲を飲んでいたそうです。当時、唯一貿易を許されていた長崎の出島から、備前産のマグカップが輸出されていました。その旧オルト邸に残された現存する国内最古のマグをもとに復刻した、当時をしのばせる大変貴重なカップです。
 
その他、日本最古の漫画と呼ばれる『鳥獣戯画』をモチーフにしたものや『富士山』をモチーフにしたぐい呑み等、arenot らしい商品も長崎の波佐見より買い付けておりますので、是非一度、波佐見焼きをご堪能くださいませ。
 
 
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